アメリカの秋を楽しむ

11月 2, 2019

2019年11月2日付 さくら新聞掲載

10月は昼夜週末問わずのスケジュールで走り抜けた日々だった。新しい出会いがあり、毎週末、遠くは日本から来客があり、 まさに「朋有り遠方より来る、亦た楽しからずや」とバタバタの中にも喜びに満ちた月だったように思う。

だが、分刻みのスケジュールはテニスコートでひたすら飛んでくる球を打ち返すのに似て、クリエイティブさにはまったく毒である。打ち返すので精一杯で、ちょっとした日々の面白いことに感動する力がなくなってしまう。そんなわけで、毎月のこのコラムはちょうど良いバロメーターになっている。生きているだけでネタに溢れているはずなのに、テーマが思い浮かばない時は想像力の電池切れ。今日という一日をどう過ごそうかとワクワクしていない時点で危険信号だ。

そんな時は、「遊びをせんとや生まれけん」と原点に立ち返るのが有効である。時は秋も深まる10月下旬。既にこの頃から、アメリカは全般にホリデーシーズンの気配が漂い始める。月末はハロウィンで、そうこうするうちに感謝祭が来て、満腹でギフトショッピングしている間にクリスマスと年末だ。

この時期、DCとメリーランドの境、タコマパーク付近では、クリスマスよりも力の入ったハロウィンのデコレーションで盛り上がる。かぼちゃを並べるなんていうのは初歩的で、どこで調達するのか、家の2階から庭にかけて巨大なクモが家を覆っている家の隣や、背の高い木に骸骨が座ったブランコを吊り下げた家がある。夜には黒いステッカーで作った悪魔が窓から覗いていたり、ポーチの天井から頭蓋骨がいくつもぶら下がっていたり。コットンでできた蜘蛛の巣で覆われた家もあるし、崩れ落ちたテルテル坊主みたいな幽霊が木に揺れている家もある。ぶらぶらと散歩するだけでも、ディズニーランドのホーンテッドマンションならぬ、ホーンテッドタウンを楽しめる。

もちろん、見ているだけではつまらない。この時期はどこのスーパーでもスイカよりもふた回り大きいゴロゴロしたかぼちゃを1つ5〜10ドルくらいで売っていて、大抵その横にカービングキットが売られている。このかぼちゃを無言で集中して彫り込む作業というのが、なかなか瞑想に近くて心に静寂を与えてくれるだけでなく、友達とやれば、結構楽しく良い思い出になること請け合いである。木よりも柔らかいので彫りやすく、フリーハンドでやってみると、自分の心の状態を表すものができるのも面白い。一度、怒りながらやった時には、絵本『かいじゅうたちのいるところ』の怪獣の顔を彫ったつもりが、般若のような顔になってしまった。

もちろんハロウィンの夜は、ダウンタウンのバーに行けば仮装した若者でごった返していて、誰が誰だかわからないスリル感に満ちている。そしてここは、世界各国の大使館がアメリカ大統領のお膝元で外交を繰り広げる、ワシントンDCである。中でも特に草の根外交にも力を入れているフランス大使館では、年間を通じて、大使館を会場にして音楽やダンスイベントを多数催している。ハロウィンがフランスに関係あろうがなかろうが、当然ハロウィンナイトも夜に大使館を開けてやっており、フランスが実践する「外交」の定義の幅広さにさすがと唸るのである。

だが何といっても私のとっておきの秋の楽しみは、アメリカならではのCorn Maze、つまりコーン畑の迷路である。DCから1時間前後車を走らせると、メリーランドにはいくつもコーン畑がある。その収穫後の枯れ木のトウモロコシが乱立する畑が迷路に変身するのである。畑ごとに、ユニコーンやDCの野球チーム・ナショナルズのロゴなど、その年のテーマの形に迷路を作り込んであり、ウェブサイトには所要時間の目安が書いてある。夜開けているところもあるが、昨年はあまり難しくないものをと、1時間程度のものを選んだところ、友人の推理力が高すぎて、10分で終わってしまった。今年は、水とお菓子を持って、3時間くらいかかるものに挑戦してみたい。ただ歩くよりも、一人でジムで走るよりも、友達数人でよもやま話をしつつ、秋の日差しを浴びながら自然に溢れた迷路を脱出するなど、最高の秋の日々である。ぜひお試しあれ。

さくら新聞より再掲

コーン畑の迷路はアメリカならではの秋の楽しみ

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