インテリの憂鬱

9月 7, 2019

2019年9月7日付 さくら新聞掲載

まだ8月半ばだというのに、DCでは枯葉が地面を舞うカサカサという音が聞こえ始めている。秋の気配は冬将軍の前触れ、枯葉はその前奏曲。マイナス15度の日もあるDCの冬はなかなか厳しい。そんな訳で、寒くなる前にと慌ててシェナンドアでのキャンプを決行。2時間半ほど車を走らせるだけで、山にしては起伏のない台地と谷間に緑がひたすら広がるバージニア州にたどり着く。道路も片側4レーンあるアメリカらしく、カヤックを漕ぐ川の川幅は広く、景色はひたすら圧倒的だ。

だが、全米でも指折りの家賃と生活費の高さを誇るDCから数時間で、 平屋の家がポツポツとあるかないか、という土地に来れてしまうと、これがアメリカの現実なのだということを改めて思い出さざるを得ない。こんなところに住んでいたら、この辺ではよく見かけるウォールマートがデートスポットになっても仕方ないと思うくらい、何もない。それにここにいる白人も何となくDCにいる白人とは様子が違う。一体、アメリカの何割がこのような土地なのだろうか。

普段DCにいると、ついついこの国の荒々しさを忘れがちだ。詳しくは『ワシントンDC・ガイドブック』(赤木昭夫、2004年)に譲るが、この街にはこの街の回り方があり、政策を作り出す有機的な構造・システムがある。それに従ってDCのエリートたちは、あくまで上品に、いかにも教育を受けた者らしく完璧な知識武装と弁論術と、ランチや勉強会で広げたネットワークを武器に野望の階段を登って行く。

DCはリベラルなインテリ層にとって本当に住み心地の良い土地だ。ある程度同水準の教育を受けた人間が世界中から集まり、カフェで聞こえてくる議論ですら知性を感じさせる。実際のところ、博士号取得人口密度の高さではDCは47位だが、米国国立衛生研究所(NIH)のあるベセスダは全米で5位、米国海洋大気庁(NOAA)のあるシルバースプリングも19位など、DC近郊の地域はいくつもランクインしている。

さらに顕著なのは弁護士率の高さで、1万人当たりの現役の弁護士は788人と、2位に大差をつけて全米トップである。また議員やビジネスマンなど、弁護士を生業としないが資格を有する人口率も全米第1位。この街では石を投げれば、スパイか弁護士、修士号以上の学位取得者に当たるだろう。

ところが、予想を裏切って選挙で選ばれたトランプ大統領は、DCのリベラルなインテリ層とは全く反りが合わない。DCの回り方やキャリアランクに乗っ取った指揮系統を完全に無視して、ツイッターでいじめっ子のように相手を名指しでこき下ろしたりするなど、期待するリーダー像に合わないからだ。私たちの望むリーダーシップとは、オバマのような洗練された振る舞いを言うのだ。

だがこの国を見渡せば、1平方マイル(筑波大学の大きさ)に8人未満しか住んでいない土地が4割以上も占めている。木々や砂漠や山々以外何もない広々とした土地に、数軒の家が散らばるような土地で、ケインズ経済学と共和党の政策との関係やアジア政策の詳細について日々議論するなど、この大自然を目前に、むしろ視野が狭く見えてくる。

DCで日々仕事に明け暮れ、週末も残業したりキャリアアップのための勉強で忙しくしている間に、この国の半分は、DCとはかけ離れた荒々しい土地で生き抜いている人たちでできていることなんて、忘れてしまうのかもしれない。

そして日々DCでの優雅なる闘争に明け暮れてこなかったトランプには、政治的な正しさや建前を抜きにして、誰でも反応できるツイッターで、彼らが普段話すような言葉遣いで、台本なしに語りかけることができたのではないかと思える。

DCではDCのやり方があるのに、それをトランプはぶち壊してくれている。秩序と品格を好み、ラテン語や辞書でしか見ないような言葉を巧みに操りながら、知的な競争をすることを好む
DCエリートの弱点がここにある。DCは、インテリ層こそマイノリティであり、それ以外の層にも投票権があり、DCだけで世界を回していける訳ではない、ということを忘れさせてくれる。そこに、トランプの存在を未だに直視できない、DCの弱さがあるのかもしれない。やはり、たまにはDCから出るようにした方が良いなと改めて思う、夏の終わりである。

さくら新聞より再掲

Recent Posts

グローバル戦略再考

2020年3月7日付 さくら新聞掲載 ここ数ヶ月、世界を震撼させているコロナウィルス。これを書いている今、少しずつ米国でも感染者の数が増えつつあり、コラムが読まれる頃にはどのような状況になっているのか少し心配だ。だが9.11を渡米してすぐに経験して以来、危機の時こそ、敢えて客観性と冷静さを保つことを心がけている。一歩引いて眺めてみると、同じ現象がほぼ同時に起こっているために、危機にどう対応するのか、 それぞれの国のやり方・リーダーシップのスタイルの違いを見比べることができ、そこからコロナのその先について考えることができる。...

口約束の軽さと契約の重さ

2020年2月1日付 さくら新聞掲載 そろそろ多様性万歳なアメリカにしごかれて19年になるが、それでもいまだに染みついている習慣の1つに、「日々の口約束でも真剣にする」というのがある。「1時に集合」と言ったら、1時(ぐらい)に集合するし、できなければ事前に連絡する。何かをお願いされて承諾したら、その約束は実行するし、できなかった時はちょっと悪かったなと感じる。...

月曜朝9時

2020年1月1日付 さくら新聞掲載...