グローバル戦略再考

3月 7, 2020

2020年3月7日付 さくら新聞掲載

ここ数ヶ月、世界を震撼させているコロナウィルス。これを書いている今、少しずつ米国でも感染者の数が増えつつあり、コラムが読まれる頃にはどのような状況になっているのか少し心配だ。だが9.11を渡米してすぐに経験して以来、危機の時こそ、敢えて客観性と冷静さを保つことを心がけている。一歩引いて眺めてみると、同じ現象がほぼ同時に起こっているために、危機にどう対応するのか、 それぞれの国のやり方・リーダーシップのスタイルの違いを見比べることができ、そこからコロナのその先について考えることができる。

米国人の最初の死者が出た翌2月29日、トランプ大統領が記者会見を開いた際には、日本・韓国からの渡航者の入国禁止が発表される可能性があるとのことで、 初めて最初から最後まで会見を真剣に見た。結果として日本は触れられなかったが、専門家や副大統領など複数名のチームで記者会見に臨む姿に、なんと図らずもリーダーシップを感じてしまったのである。明らかに外国訛りのある人も含めて世界中の男女の記者らが、ウィルス対策からタリバンまでランダムに投げる質問に対して、台本なしで堂々と自分の言葉で答え、必要に応じて適任者に回答役を振り、チームとしての連携プレーもできているように見えた。自分が指した人でない人が質問し始めれば、「違う、あなたじゃない」とまでハッキリ言いながら仕切っていたのも印象的である。もちろん再選をかけた大統領選の年だから、現役大統領としてここは押さえておきたい見せ場である。

対する安倍首相が同じく29日に開いた会見については、質疑応答の内容が既に決められており、回答文を読み上げていただけだったという批判を受けていた。だが、トランプ大統領とのパフォーマンス力の差は、仕方のないことではないかと思う。米国の大統領は、1年以上も大統領選に向けて集会を開いてスピーチし、テレビで顔を大写しにされながら、大統領指名選までは同じ党内の候補同士ですら何度も議論を戦わせ、発言内容もパフォーマンス力も散々批判され抜いているのだ。考えてみれば、ツイッターで自分の言葉をそのまま世界に伝えることを選んだ時点で、自国民からも世界からも毎日万単位の批判や口撃に晒される中でトランプ氏は米国を率いているわけである。

もう一人、別の意味でリーダーシップを感じた人がいる。ダイヤモンド・プリンセス号で起きていることについて、自分の目で見たことを専門家としてたった一人で説明することを選んだ神戸大学の岩田健太郎先生である。彼の行動によって、ウィルス対策について事実や説明を求める声が高まったように感じた。忖度せずに、事実と理由をハッキリと述べる彼の言動について「コミュニケーション能力がない」と批判したツイートがあったが、これに対し、『反省しないアメリカ人をあつかう方法』の著者で異文化コミュニケーションコンサルタントのロッシェル・カップ氏は「日本でいうコミュニケーション力とは根回し力のことではないか」と切り返していた。

実際に、米国で暮らしていると、英語で話せる力というよりも、仕事でも日常生活でも「自分の考えを簡潔に相手にわかるように説明する」という弁論力が英語で求められていると感じる。これは、察してもらうことを前提に匂わせながら話す日本語での会話とは真逆の能力だ。米国ではパブリックスピーキングやディベートの授業も多く、論じる際にはその根拠と共に論理的に述べる訓練を、政治家だけでなく一般の教育の中で施している。ディベートを学ぶことで、調査力、客観的な思考力、論点整理や説得力など様々な能力が身に付く。

自分の考えを、全く考え方の異なる相手にも伝わるように人前で表現する、というのは、言葉を使わずに相手の態度などから読み取るのと同じくらい、意外と難しい知的な作業だ。未だに英語で喧嘩する時も、自分が何についてなぜ憤っているのかを、感情的にならずに理路整然と説明するのには本当に頭を使う。説明している間に怒りが収まってしまうくらいだ。日本では今年から小学校で英語が必修になるとのこと。グローバルな土俵で戦う人間を育てるならば、合わせて人前で議論する力・言葉で表現する力を養うクラスを設けてパフォーマンス力を底上げするのも一案と思われる。

さくら新聞より再掲

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