なんでないの?

10月 5, 2019

2019年10月5日付 さくら新聞掲載

あなたの体は誰のものだろうか。あなたの伴侶のもの?両親のもの?どこかの国の国民だからその国のもの?

昨年、福田和子さんという大学生が始めた運動に「なんでないの」というのがある(https://www.nandenaino.com)。 日本では避妊に関する教育も情報も薬もツールも圧倒的に他の先進国に比べて少なく遅れている。それに海外留学中に気づいた女性が始めた運動で、特に緊急避妊薬のより廉価な販売に向けた規制緩和を訴えてきた。日本では病院でしか緊急避妊薬を処方してもらえず、1万円前後もする。だが40カ国以上の国では市販薬として販売されており、米国では無保険でも20ドル程度から購入できる。完全無料の国もいくつもある。

また日本は、妊娠初期の人工妊娠中絶はいわゆる掻爬術あるいは吸引処置が第一手段とされている、非常に珍しい国だが、大概の国では世界保健機関が推奨する薬物による人工妊娠中絶が一般的である。どちらが女性にとってより精神的・肉体的苦痛を伴うかは明白であり、後者の方が合併症も前者に比べて少なく、非常に安価である。実際に子供を産む女性にとってより安全で安価な手段が、日本にはなんでないのか。

筆者は米国に来た当初、初めての異国での寮・大学院生活の強いストレスから生理痛が重くなり、息もできず救急車で何度か運ばれたことがある。結果、医者の勧めで生理痛を緩和する避妊薬をとることになり、それに当たって義務付けられていた、大学院病院での1時間の避妊に関する講義を受けた。ところがこの1時間で知り得た避妊に関する情報は、日本で受けた教育の100倍くらいの情報量で本当に驚いた。机に並べられた避妊具は見たこともないものばかりで、初めて教育を受けた気分であった。

むしろ米国は「なんでないの」どころか、「なんであるの」と聞きたいくらいだ。DCのCVSでは、プランBだけでなく、大人のオモチャも普通に並んでいるのに気づいた人はいるだろうか。これらはわざわざ専門店に人目を忍んでこっそり行かなくても、米国のマツキヨであるCVSで手にとって買えるものなのである。それどころか米国での議論は、こういった製品の安全性に対する政府の規制がゆるく、安全な材料が使われているかといった表示がないことの方が問題になっている。石器時代からあるこうした道具を利用したり、避妊や中絶といった手段をとるかどうかは個人の問題である。だが、その選択肢があるかないかは大きな違いではないだろうか。そして誰かがそれを決めているためにその違いが生まれていることについて、考えてみたことはあるだろうか?

米国でも学校で性教育があるが、面白いことに「結婚するまではセックスをしないのが最も効果的な避妊方法」という考え方を性教育の一環として義務付けるかどうかが、長年の議論の的となってきた。なんだかんだ言って、政治家の人工妊娠中絶の是非に関する意見の表明が踏み絵のように扱われる、キリスト教の影響が強い米国らしい議論である。例によって、州ごとに性教育の内容も両極端だが、今のトレンドは、「性的同意もしくは性暴力」「健全で暴力のない関係の構築」「LGBTQも含めた性教育」の3つを性教育で取り上げることを義務付けるかどうかとなっている。進歩的なアプローチを取るDCでは、性的同意が今年から義務付けられた。

さらに連邦レベルでは、疾病対策センター(CDC)が性教育で教えるべき16のトピックを指針として発表している。その中身は、コンドームの使い方といった基本的なことだけでなく、健全でお互いを尊重する関係の作り方、コミュニケーションと交渉スキル、目標の立て方と意思決定スキル、性に関するリスクを避けるために他人に影響を与え助けること、エイズ・性病・妊娠に関する信頼できる情報と製品へのアクセス方法、など。考えてみると、生物学的な性行為に関する基礎知識は最低限必要だが、むしろ、セックスには必ず人間関係が存在するわけで、こういった情報も大事な性教育だ。

性にまつわることは、生物として誰もが不可避なことなのに、なぜか公で話すのが難しい。けれど、自分の体を大事にするための情報・製品・手段をもっと提供して欲しいとハッキリと言うことは、自分に対する責任とその尊厳を守ることとも考えられないだろうか。で、なんで、ないの?

さくら新聞より再掲

 

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