真実を追う

10月 6, 2018

2018年10月6日付 さくら新聞掲載

時は10月。食欲の秋、そして芸術の秋の真っ只中。ワシントンDCにせっかく住んでいるのだからと、スミソニアンの博物館群にでも行ってみたりする季節。スミソニアンは、恥ずかしながら、これだけ長く住んでいるのに未だ全部制覇できていないのだが、ワシントンには博物館以外にももう一つ、日本人だからこそ行ってみる価値があるかもしれない場所がある。それは、米国国立公文書館(National Archives)だ。

米国国立公文書館は、1934年以来、米国政府の最重要資料や、歴史的価値のある数%の資料を保存している。その保管場所は、地域資料館や大統領図書館など含めて全米40箇所あまりに広がり、年間4億ドル近い連邦予算を費やして、米国国立公文書館管理局が管理している。日本の国立公文書館の予算は26億円程度(平成30年)なので、予算だけでも日本の約17倍。そして幸運にも首都に住む私たちの近くには、 本館(DCの中心部)と新館(カレッジパーク)の2箇所がある。

保管されているのは、紙、航空写真、動画など様々だが、そこに、第二次対戦時の資料も保管されている。それも、上層部の意思決定のためのタイプライターで打ち出された作戦に関する重要資料だけではない。サイパン、ガダルカナルやフィリピンの大小無数の島々、そして沖縄で展開された各軍の数名規模の偵察部隊による毎日の一兵卒による偵察報告までが残されている。

さらにこれらの記録は全て、75年近く前の当時の原紙をそのまま保管し、公文書館に来る人間は、IDを見せれば、誰でも手にとって見ることができるようになっている。その紙は、古びて茶色くなり、シミができ、そして丁寧に、丁寧に扱わなければ、すぐにビリリと破れてしまう、古文書のようだ。紛れ込んだ小さな虫が挟まれていることもあるし、埃っぽく、ふっと古い匂いがする。

当時、米軍は偵察から帰還してすぐに手書きで、日本軍の死傷者数や死因、墓の数や墓が急ごしらえで作られたようだといった状態、敵軍の遺体から読み取れる健康状態を、その地点と時刻、偵察ルートの地図とともに詳細に上部に報告している。敵軍の状態を掴み、戦況を理解するのに重要な作業だ。

手書きの資料は中世の書簡に書かれたような流れる筆記体から、今でも見かける個性あふれるブロック体まである。ネズミを退治したかのように、敵軍を何人殺したかを恨みを込めて書いたものもあるし、教養がありそうな言葉遣いで、人が人を殺しあうことの遣る瀬無さを感じる文章で綴ったものもある。

「日本軍は死傷者350名、米軍側は死傷者ほぼなし。日本軍の武器は、棒の先にナイフをつけただけのもの」「バンザイ攻撃を叫びながら(”singing” banzai attack)突撃してきた日本軍100名のうち、30名を殺害」「日本軍を偵察。日本軍が日本人の子供を崖から突き落として殺害」「敵は最後の戦いをするために一旦退却した」「日本軍が酒盛りをしていた」。手書きの10センチ四方の紙に、日本軍が残したノラ黒の落書きもあるし、日本軍の日記を英訳したもの、捕虜兵の名前とその出身地や年齢、日本軍の動きやどうやってここまで生き延びたかを自白した記録もある。

資料が語りかけてくる当時の様子は、とても生々しくて楽しいものではない。それに書かれた全てが真実かはわからない。それでも、兵士らの当時の息遣いを肌で感じることができ、そしてこれだけの一次資料があれば、 そこから真実のかけらを少し垣間見ることはできる。

何より、膨大な資料を全てそのまま残し、国家予算を使って保存しようとする米国には、証拠を残すことへの執念すら感じ、改めて脱帽する。それだけリソースのある国なのだ。実際に資料を盗む人もいて、国立公文書館は空港よりも厳重と思われるセキュリティシステムがあり、資料室を歩いて見回るアーキビスト達は警察さながらだ。

日本では8月には毎年戦争を思い起こすような番組や記事が取り上げられるが、私たちには、自分の国が繰り広げた75年も前の戦争のありのままの姿を自分の肌で感じる機会はあまりない。日本側の当時の戦闘詳報の多くは焼却されてしまったと聞く。チャンスがあれば、真実のかけらを集めた国立公文書館はすぐそこにある。

さくら新聞より再掲

公文書館で見ることのできる、米軍の日々の手書きの戦闘記録

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