父親の権利

6月 8, 2019

2019年6月8日付 さくら新聞掲載

DCに住みだしてからイメージが変わったことは色々あるが、「父親像」もその一つ。ある時は、出勤途中の朝のバスの中、向かい側に座る父親が幼い子供に絵本を読み聞かせていた。低く落ち着いて温かみのある声に、心なしかバスの中の空気が和む。帰りのメトロでは、デイケアから連れて帰る途中なのか、幼児を乗せたベビーカーを押す父親も見かける 。パリッとしたスーツとベビーカーのコントラストが妙に眩しい。そうかと思えば、頭はドレッドヘアで腕にはタトゥ、腰パンの黒人の若い男性が双子を一人でバスに乗せていたりする。腰からパンツが見えていようが何だろうが、この男性は立派に双子の面倒を見ていた。

また世界に名だたる企業をクライアントに持つ、とある大手法律事務所の敏腕弁護士にはもっと驚かされた。彼は百人以上の弁護士を束ね、人当たりが良く有能さと成功を絵に描いたような人だ。ところが先日、この部長がベテラン女性弁護士と産後復帰したばかりの若手弁護士との立ち話に参戦。母になったばかりの女性に、乳児の月ごとの成長とそれに対する対処法まで、女性と対等に議論し、具体的にアドバイスしていた。三人の子育てに完全にコミットしているそうで、結局この会話にまったくついていけなかったのは、むしろ子育て経験がない私だけであった。

実際データを見ても、近年の米国の父親は、積極的に日常レベルで子育てと家事をやっていることがわかる。米国の夫婦の9割強は家事を分担しており(日本は5割強、リンナイ調べ)、また1日における家事対応時間の男女差も1時間半程度(日本は約4時間弱)と、男性が育児・家事に携わるのはここ米国ではより自然なことだ。

では彼らが家でも良き夫として頑張るための環境はどれだけ整っているのかというと 、これが(子育て中の読者の皆様はよくご存知かもしれないが)概して制度的には、医療保険並みに世界最低なのだ。世界を見渡せば、実にOECDの34カ国中、32カ国では「父親への有給による育休」を提供しており、また7割強の国では母親の育休取得期間を6ヶ月まで保障している。とりわけ日本の制度では、父母合わせて最大1年2ヶ月という長期に亘って育休を取ることができ、休業前の賃金日額の67%(6ヶ月後からは50%)を受給できる。ところが米国はOECD諸国でも唯一、国家レベルでの「有給」の育休を提供していない、育休後進国なのである。

一応ある米国の連邦レベルの育休制度では、出産・育児を目的とした休業は1年でたった合計12週しか認めておらず、しかも無給である(ここで数行戻って、日本の制度をもう一度読み直していただきたい)。さらにこの無給の育休ですら、様々な条件が課されているため、こんな慎ましい育休すら保障されない親たちもいる。また企業や公的機関が別途提供する有給の育休を確保できる労働者も全体の2割に満たない(連邦労働局、2018年)。ここ数年で、ミレニアル世代の価値観を反映してか、数ヶ月間の有給育休などを売りにする大企業・先駆的企業も増えてきたが、そんな企業で仕事をする人は一握り。国家レベルで法的に義務付けられた制度がなく、結果として全員にアクセスがないという点で、米国の医療保険と似た様相である。

そんな中、いくつかの先進的な州が有給での育休制度を導入しており、実はDCも善戦している。DCでは、2020年7月から発行する普遍的有給休暇修正法(UPLAA)により、DC内の企業で過去1年間勤務した労働者全員に対して、出産や養子受け入れのための有給での親休業を最大8週間まで提供。別途、DC版FLMAを利用すれば、これに追加8週間の無給の親休暇を取得でき、職場復帰も法的に保障されている。

それでも、育休制度については日本の方が比較にならないほど働く親たちに手厚く、羨ましい限り。にも関わらず日本では 、男性の育休取得率が他国に比べても極めて低いために「父親の育児休暇取得の義務化」の是非が議論されている。隣の芝は青く見えるのかもしれないが、やはり米国在住からすると、せっかくこれだけ素晴らしい制度があるのだから、ぜひ日本の父親にはこの制度を活用する権利をフルに行使してほしいなぁと勝手に願うばかりである。

さくら新聞より再掲

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