Sex and the District – DCの闇

3月 2, 2019

2019年3月2日付 さくら新聞掲載

以前、ホワイトハウスから徒歩10分のトマスサークルに住んでいた頃、よく裏通りに使用済みのコンドームが落ちていて、マナーがなってない人がいるんだなと思っていた。その後、裏寂れたRからU通りにかけた14通り沿いは急に開発され、レストランが2年間で20軒以上も入り、バイデン元副大統領も家族で食べに来るなど、今ではデュポンサークルよりも賑わっている。だがこの通りが以前は、K通りやニューヨーク通りと並ぶ、ワシントンDCきっての売春通りだったと知ったのはつい最近のこと。ただ2007年頃、「DCマダム」の異名をとる売春の総元締めがクライアントの電話番号リストをオンラインで公開して大騒ぎになり、1年後になぜか彼女が自殺した話から、DCの闇を感じたことはあった。

人身売買も含め、性労働に関するデータは、その算出手法がまちまちだったり、そもそも正確なデータ収集そのものが難しいこともあり、あまり比較できるものがない。それでも、2014年のアーバン・インスティチュートの研究によれば、DCは東海岸の性労働の中心地の1つであり、買い手は、ホームレスから連邦職員、エグゼクティブから政治家・裁判官まで職業を問わないという。そしてそれは、全米でも特に高いDCのエイズとSTDの感染率に直結している。なぜか。

米国では、ネバダ州の一部を除いて売春は違法である。中でもGWブッシュ大統領は、人身売買の取り締まりを全面に打ち出し、連邦政府が国内・国外ともに積極的に介入。DCでも売春は犯罪であり、2006年前後に複数の売春対策関連法が成立し、様々な側面から性労働従事者が取り締まられた。「売春ゼロ区域(PFZ)」が導入され、性労働者と疑わしい人物がいる区域から、 そうした人物の立ち入りを最大10日間理由を問わず禁止し、違反すれば罰金や最大半年の禁固刑となった。住宅法規も変更され、性労働関係者を入居させている家主には罰金その他の罰則が規定された(”Move along” 2008年)。直近では2018年にトランプ大統領がオンラインでの勧誘の取り締まり強化を合法化したばかり。

だが、これに対してNPO「Decriminalize Sex Work」は今年2月、オンラインでの勧誘ができなくなった結果、結局はまた通りに立たざるを得ない性労働者が増えつつあるとし、代案として性労働の非犯罪化に向けた全米キャンペーンを展開すると発表した。「非犯罪化」とは、 性労働は合法化しないが、合意の上での成人による対価を伴う性交渉については、刑法を適用しないというもの(未成年を含む人身売買は対象外)。従って性労働に従事しても、罰金や禁固などにはならず、犯罪記録もつかない。アムネスティインターナショナルは、国連エイズ合同計画や世界保健機関などと共に非犯罪化を支持しており、DCでも2017年秋に、ニュージーランドの政策をモデルにした性労働の非犯罪化法案が提出されている。

彼らは、売春を取り除くことで解決するのではなく、生きるために性労働に従事するしかなかった人たちの経済的環境と、取り締まり強化がもたらしたさらなる性暴力と差別に対応することを提案している。特に人口当たりのLGBTQ の割合が多いDCの場合、トランスジェンダーの性労働者の割合も多い。その5人中4人が言葉や物理的な暴力を受け、そもそも約半数がトランスジェンダーというだけで就職できなかった経験を持つ。性労働に従事するトランスジェンダーは1万ドル以下の年収で生活し、その半数はホームレス経験があり、しかも4割はホームレスシェルターからも追い出されている。性労働を犯罪とすることで、犯罪記録によってさらに就職が難しくなり、今度は犯罪者としても差別され、彼らの5人に1人が取り締まる側の警官から逮捕しない代わりに性交渉を強要された経験がある。またPFZではコンドームを複数持っているだけで「売春婦と疑わしい」という証拠に使われ、所持していると破壊されたり押収されたりするため、逮捕を恐れて75%のトランスジェンダーの性従事者がコンドームを所持していないという調査結果もある(”Meaningful Work” 2015)。これがDCの高いエイズ感染率と関係していないとは考えにくい。

彼らの一人、タミカ・スペルマンは「人身売買の被害者も性労働に従事する人も、必要なのは差別ではなく、安全な住居、ヘルスケア、コミュニティからの支援なのだ」と訴える。DCが見た目キレイになれば、問題はなくなるのか。それとも現実に向き合うか。少なくとも、独特な華やかさを見せるゲイパレードやドラッグクイーンレースなどからは見えない、差別と性暴力と経済的苦境に晒されている人たちが私たちの身近にいるのは、まぎれもない事実である。

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